高木創の神学生日記

主事の働きを徒然なるままに紹介していました。3月31日をもって更新は終わりにしていましたが・・・。

秋の心はのどけからまし

「修養会で『いも煮』やるよ〜」

東京にある奉仕教会でこの言葉を聞いた私は思わず耳を疑った。「まさか、この東京で「いも煮」というフレーズを聞くなんて。でも聞き間違いではなさそうだ。でも、まさか。うん、聞き間違いかもしれない・・」

あまりに意外すぎて、真相を確かめずに迎えた教会の修養会。そこには問答無用、東北ど真ん中の『いも煮』がそこにはあった。泣く子も黙る山形風いも煮である。その日、早天祈祷会の説教奉仕でやや緊張が残る体に染み渡るようである。

いも煮―。東北の人はこれをしないと、秋の心はのどけからまし。
できないものなら、深い後悔。冬を越せるかどうか不安になる、と言ったら言い過ぎか。
私は、大学時代仙台に住んでいたのだが、いまではすっかりこの『いも煮』なるものの虜である。

数年ぶりに『いも煮』を堪能した私は、心も体もあったまって教会の修養会(@日光)をすごしました。

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焼きおにぎりも美味。いも煮の写真は取り忘れました。食べるのに夢中だったのだろう・・。

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葉っぱがヘブル語に?!

ヘブル語を学んでいるわけだが、この文字には「点」が多い。
母音として「点」が三つ三角形に並んでいたり、斜めにならんでいたり、文字の中に「点」が入ったり、入らなかったりする。
また不思議な曲線が多い。

また学園にはたくさんの木があり、葉っぱがある。

すると、不思議なことに、葉っぱの一枚一枚の「虫食い」が僕にはヘブル語の「点」にみえてきて、しょうがいない。そういえば、葉っぱの描く曲線も、ヘブル語の曲がり具合に似ている気がしてくるではないか・・。

しかし、この「葉っぱはへブル語にみえる」説に、愛すべき同級生は、誰一人共感してくれない・・・。

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試験シーズン

ただ今、東京キリスト神学校、試験シーズンである。

大変ではあるが、終わると、学んだことが自分の中で整理された、という実感がある。
そういう意味では嫌いではない。

ちなみに、こんな予定で試験を受けています。各140分。ご報告まで。

19日 教会史、弁証学、聖書原語(ギリシア)
20日、伝道学、聖書原語(ヘブル)
30日、神学概論、聖書概論

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小説を読み返す

ふとしたきっかけで、三浦綾子『氷点』を読み直した。
「原罪とは何か?」この問題を正面から扱った内容としてあまりに有名だ。
高校生のときに一度読んで、ぐいぐい引き込まれていった記憶だけはあった。今回は当時はよくわかっていなかった人間の罪の姿が、実感として迫ってくるようだった。

私はこれまで、同じ小説を2度、3度読むということをあまり興味がもてなかった。それは小説がただの「情報」にとどまっていた面があるのかもしれない。

しかし、ふと思い返すと、ここ数年、数冊の本を読み返していることに気がつく。
私の代表的な「2,3度読んだ小説は
夏目漱石『こころ』、ドストエフスキー『罪と罰』、村上春樹『ねじ鳥クロニクル』

私の解釈も入るが、『氷点』はもちろん、どれも「罪」を扱った小説のように思う・・。
人生の中で「数回読む小説」って結構大事だな、と今は思っている。

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神学校休講&退寮

事件である。
今週月曜日、学校が1週間の休講&退寮を決断した。新型インフルエンザの猛威のためである。

さて、他に住む場所もないので、実家に帰ってきた。
実はキリ神は今週と来週で2学期が終わる予定だった。神学校はこの時期、補講やらテスト勉強やらで結構バタバタしている時期である。
やらなくてはならんことが多いのに、やれない。授業を受けたいのに受けられない。先生方も授業をしたいのに、できずさぞお困りだろう。

しかし、焦ってみても、仕方がない。計画通り行かないとはたくさんある。だから、主のなさることを焦らず、待つ。そんなときも必要なのだ。主の摂理を思い、こういうときこそどしっと構えていたいものである。

病の中にある学生たちの上に回復があるよう祈っている・・・。

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